青春ものづくり小説『浮世離れ』

——僕が職人になった理由。


2025|青春文学作品(ものづくりの物語)


戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版

ものづくりを題材にした物語を書きました。
表紙にあるように「青春 × 異世界 × 手仕事」という、異世界の和風ファンタジーとして描いているのですが、ここに表現した根本的な想いは本心といっても過言ではありません。

大げさに聞こえるかもしれませんが、ものづくりは祈りに通じていると思っています。なにか心が通じ合うとき、単なる労働を超えた営みであって、ものをつくる、ものを生み出すという行為そのものに意味があるとさえ思えてきます。

本書は、このような私が感じているものづくりに対する想いを、悩める青年を主人公にひと夏の思い出として描いた青春文学作品です。

この場では、冒頭部分をご紹介したいと思います。
ぜひともご高覧頂けましたら幸いです。


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青春ものづくり小説『浮世離れ』

「青春 × 異世界 × 手仕事」
——僕が職人になった理由。


高校生・水上新太(みなかみ・あらた)は、塗師である祖父の工房で出会った古い漆器をきっかけに、どこか懐かしくも幻想的な異世界へと迷い込む。

そこでは、人々が祈りと共に暮らし、自然と語らいながらものづくりをしていた。
神社で遭遇した巫女、月賀瑞みやこ(つきがみ・みやこ)に導かれるままに、手仕事の息づく町へと静かに誘われていく。

木工職人、陶工、織師、鍛冶屋——
匠たちの生き方が、新太の心を揺さぶっていく。

つくるとは、ただ手を動かすことではない。
その奥にある想いに触れたとき、彼は少しずつ変わり始める。

そして、年に一度の月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)例大祭の日。
この世界の秘密が、静かに姿を現すのだった——。

——この物語は「ものづくり」をめぐる青春文学作品です。


第一章  いつもの朝
第二章  じいちゃんの漆塗り
第三章  月と器と巫女
第四章  ようこそ月賀瑞へ
第五章  浴衣と鬼と露天風呂
第六章  月下夜行
第七章  打ち明け話
第八章  匠たちのものづくり
第九章  雨降って地固まる
第十章  生きる意味
第十一章 鍛冶場の叩き上げ
第十二章 祭りの前の静けさ
第十三章 結び生まれるもの
第十四章 神様の在り処
第十五章 たまもの

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版

青春ものづくり小説
浮世離れ 戸田 光祐




 指先に残る感触は誰かの人生の断片のようであり、
 それは古の記憶をなぞる旅のようでいて——
 初めから、ここに在ったものだった。







  第一章  いつもの朝


「あんた、まだ寝てるの? 学校あるんでしょ、早く起きなさい!」
 母の声が遠くから飛んできて、夢の余韻が泡のように消えていった。たしか何か楽しい夢を見ていた気がするけど、もう思い出せない。

「え、うわ、やっべ……!」
 時計を見ると、すでに登校ギリギリの時間。布団を蹴飛ばし、制服に袖を通しながら階段を駆け下りた。テーブルにはご飯に味噌汁と焼き魚が並んでいるけど、今はもうかきこむ時間すらない。
「母さん、ごめん、行ってきます!」
 靴を突っかけて玄関を飛び出そうとしたその時、母が何かをひらひらと掲げてきた。
「ちょっと! あんた、どうするのこれ?」
 手渡された紙を見て、動きが止まる。

「あ——」
 進路希望調査票。存在すら忘れていた。嫌でも目が覚める。
「将来のことなんだから、そろそろ真剣に考えないと」
「分かってるよ、行ってきます」
 戸を閉めると、蝉の声が一斉に耳に飛び込んできた。夏だった。高校二年の、進路が現実になる夏。
 現実を振り払うように走りながらも、頭の中にはモヤがかかったような不安が広がっていた。

 将来って、何だ。

 大学? 就職? 夢?
 でも、そもそも『夢』ってそんな簡単に見つかるものなのか?

「よっ新太(あらた)、って、どうした? なんか浮かない顔だな」
「まあな」
 教室の席につくと、隣の席の智也があきれ顔で話しかけてきた。こういう時、何も言わなくても察してくれるところはありがたい。中学からの付き合いで、言わば腐れ縁ってやつだ。
「あれか、進路だろ? 俺も出したけど、テキトーに情報系って書いといたわ」
「建築科なのに? お前らしいな」
「つーかさ、新太には塗師(ぬし)って家業あるだろ。継げばいいじゃん、そういうの憧れるわ。オレ、特になんもないし」
「継ぐのが前提ってわけじゃないし……手伝いはするけど、なんつーか、覚悟が足りてない気がする」
「覚悟なんて重く考えすぎじゃね? やってみて違ったら、その時また考えりゃいいじゃん」
 智也の言葉はいつも軽い。でも、案外核心をついてたりする。
「何、朝から男同士でいちゃいちゃしてんのよ」
 横から茶々を入れてきたのは、あかりだ。明るい性格そのままに、今日も言葉のパンチが強い。
「いや、してないだろ。そういうあかりこそ、どうなんだよ?」
「んー、あたしは進学かなー。一級建築士になりたいし。ていうか、あたしが事務所開いたら、新太のこと雇ってあげよっか?」
「いや、いいよ別に」
「ノリわるー」
「なんか、建築がしっくりこないというか……」
「え? なんで? だって、誰かの居場所をつくる仕事って、かっこよくない? そもそもここ、建築科だよ?」
 その一言に、珍しく芯の強さを感じた。なんだかいつも以上に眩しく見える。と同時に、完全なブーメランでもあった。
「それは、そうなんだけど……」
「この際さ、優柔不断なんだし、誰かに決めてもらったら?」
「それは……なんか違うだろ。ちょっと静かにしてくれ」
「はいはい」


 図画工作は好き。
 今やっている建築の勉強も。
 でも建築はスケール感が大きすぎる気もする。一年の夏休みに調子に乗って町まるごと設計したとき、手に負えないって悟った。かといって職人になれる素質が自分にあるかはわからない。

 じいちゃんの工房。
 幼いころから、あの空間も匂いも時間も好きだった。

 何かしらものづくりに携われたらと思う気持ちと、もっと社会的意義があることをするべきなのではないかという正義感が複雑に絡み合っていた。

 窓の外では入道雲が、空を押し上げるようにモクモクと膨らんでいる。あんなにでかいのに、風に流されていた。しばらく見上げていると、自分の悩みなんてちっぽけにも思えてくる。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|青空の入道雲を眺める水上新太

 放課後、予想どおり担任に呼び出された。

「水上(みなかみ)、お前だけだぞ、まだ進路希望出してないのは」
「すみません、ちょっとまだ決めきれなくて……」
「まあ、気持ちはわからんでもない。まだ迷う時期だろうが。けどな、いずれ決断の時は来る。もう夏休みだ、考えるには丁度いいだろ。休み明けには答えを持ってこい。いいな」

「——はい」

 廊下に出ると、ちょうど夕陽が差していた。オレンジ色に染まる学校。なんとなく、その光がやけに遠く思えた。




  第二章  じいちゃんの漆塗り


 風が、草木を揺らし通り過ぎた。
 河原沿いの道を歩いていると、沈みかけた太陽が空をやわらかく染め、赤から藍、そして黒へと、空の色はゆっくりと移ろっていった。
 暑さはやわらぎ、いい気候だと思う。でも、どこか落ち着かない気持ちを抱えたまま、僕は歩いていた。

 漆を塗る——。
 それがどれだけ伝統的で、文化的に価値のある営みなのかは、父さんの書棚を読み漁ったから多少なりともわかっているつもりだ。

 じいちゃんは、名の知れた工芸作家ではない。無銘のまま手を動かす、素朴な職人。だけど、じいちゃんの器には、素人の目から見ても美しさがあった。ありふれたような形の器には自然なままの美しさがある。健やかで、まっすぐな美が宿っている。そんなふうに思う。
 とにかく、素材も、工程も、静かで、力強い。

 けれど、一方でこんな言葉もある。
 生き残るのは、最も強いものではなく、変化に適応したものである、と。

 そんな淘汰の理が、ものづくりにどれほど反映されるのかはなんとも言えない。だけど、変化の速いこの世の中で、ずっと同じでいられるはずはない、とも思う。

 あてもなく歩いていると、癖でじいちゃんの工房まで来てしまった。

 たまに手伝いに来る庭には、大きな木が一本。そして、季節の野菜が育つ小さな畑がある。工房は木造の平屋で、瓦屋根の渋い佇まい。その入り口だけが、なぜか赤いトタン屋根になっている。
 いつもと変わらない景色が、そこにはあった。

 有耶無耶な心を抱えたまま、どうすることもできず、僕はすがるような気持ちで玄関の引き戸にそっと手をかけた。
 開けると、奥の作業場から灯りが漏れていた。
 そっと覗きこむと、背中越しにでも、じいちゃんが機嫌よく手を動かしているのが伝わってきた。天井から吊るされた丸い照明。手元を照らすデスクライト。低い作業机と床は、杉の拭き漆で仕上げられていて、鈍く、深い光を返している。使い込まれた空間の中で、じいちゃんの動きは無駄がなく、美しかった。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|じいちゃんの漆塗り

 窓の外は、もうすっかり夜の気配に包まれている。
 僕は靴を脱いで廊下を進みながら、ふと飾り棚に目をやった。
 陶器や木彫りの面、漆の重箱など、見慣れた品々が並ぶ中、ひとつだけ、妙に心を引く器があった。深紅の漆の奥に、かすかに月光のような青白い揺らぎが宿っているように見える。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|深紅の漆の奥に、かすかに月光のような青白い揺らぎが宿っている

 そのとき、背後で木の床がきしむ音がした。
「おるのか?」
 じいちゃんの低い声に、僕は肩をすくめる。
「うん、いるよ」
 声をかけられて、慌てて返事をしながらも、僕の視線は飾り棚の器から離せなかった。
 そっと指先でふれると、しっとりとした漆の肌が静かに手のひらに吸いついてくる。艶の奥に沈む光が、月明かりを受けてぼんやりと揺れ、どこか妖しい気配すら漂わせていた。
「なんか用か?」
 声が廊下にひびく。
「あ、うん……」
 どう切り出したらいいのか、言葉がつかえた。 でも、伝えたかった。聞きたかった。だからここまで来たんだ。
 僕は器を手に取り、じいちゃんの背中を見た。
「あのさ、じいちゃんは、どうして塗師になったの?」
 僕の問いに、じいちゃんは急に吹き出す。
「な、なんで。けっこう真面目な質問なんだけど」
「はっはっは、悪い悪い。いやな、わしにはこれしかできんのよ」
「え?」
「もし他にできることがありゃ、それをやっとったかもしれん。でもな、結局のところ、手を動かすことしか取り柄がなかった。たった一つでもできることがある。それだけで、もう十分幸せもんじゃ」
 肩の力が抜けるような言葉だった。
「でも、じいちゃんが新太くらいのころは、結構悩んでた気もするのう。あれこれ試して、最終的に好きなことをやっとるだけなんじゃ」
 手際よく作業する姿は、手が考えてるみたいだ。
「納得いかんか?」
「いや、まあ、社会のためとか、志の高さとか、覚悟みたいなのが必要なのかなって」
 祖父はふっと目を細め、道具を静かに置いた。
「そういうのはの、あとからついてくるんよ」
 すぐには理解できなかった。社会の役に立つこと、人のためになること、そんな正しい未来を考えすぎていた僕の頭にとっては、受け入れがたいものだった。

 それでも、それはひとつの希望のように、体の奥底に残る感覚があった。
 やがてじいちゃんは作業場から出てきて、僕の立っている場所に目をやる。
 その瞬間、すこし驚いたような顔をした。
「ああ、ごめん、これ——なんだか惹かれて、つい」
 僕は手にとった器を見せた。 光沢の中に、かすかな青白い揺らぎが浮かんでいた。
「改めて触ってみると、漆器っていいね。なんていうか、艶やかで、温かくて」
 しばし黙りこみ、じいちゃんは懐かしむように、ゆっくり口を開いた。
「ええ器じゃろう。それは向こうの手仕事じゃ」
 そういうと、肩をすくめるように言った。
「もう遅いけぇ、帰ったほうがええ」
「はーい」

 帰ろうとして、器を棚に戻しかけたその手が、急に止まった。
 惹かれる。理由はわからない。
 でも、持っていたい。ずっと、触れていたい。
 その器は、なぜか手放せなかった。




  第三章  月と器と巫女


 帰り道、空はすっかり闇に沈んでいた。 街灯のまばらな川沿いの道を歩きながら、僕はふと立ち止まった。

「月って、こんなにも眩しかったっけ」

 鑑賞に浸りつつ、鞄からあの器を取り出した。
 じいちゃんの家からこっそり持ち帰ったそれは、やはり独特な気配を纏(まと)っていた。赤い漆の艶に、月の光が揺れている。たったこれだけのことで、胸がざわめいた。
 大した人生経験なんてないけれど、これが『本物』だということだけはわかる。この器に、いつまでも触れていたい。そう思わせる何かが、確かにある。
 僕はしばらく見つめてから、月明かりに透けたようなその縁(ふち)に、そっと唇を寄せた。


戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|深紅の漆の奥に、かすかに月光のような青白い揺らぎが宿っている

 ——御神酒(おみき)は、男女の契りにおいて大切なものじゃ。
 昔、じいちゃんが話してくれた言葉が、ふいに脳裏に蘇る。

「『み』が女で、『き』が男。御神酒は文字通り順序を表しとる。まず女が盃(さかづき)を口にし、次に男がそれを飲む。月が器にさかさまに映っとるから、盃と呼ばれるようになったんじゃ」

 なぜ今その話を思い出したのか。自分でも不思議だった。
 けれどその瞬間、胸の奥に、なにか古い記憶のようなものが響いた。
 お酒なんてまだ飲んだこともない。でも、これがそういうものなのかもしれないと思った。
 ふらふらと体が揺れる。まるで地面のほうが動いているみたいだ。気づけば、玉砂利を踏んでいた。
 ざり、と音を立てて、白く乾いた石が月光を返す。さっきまで舗装された歩道を歩いていたはずなのに。
 違和感を抱えながら歩いていると、大きな影を見つけた。

「——こんなところに、鳥居なんてあったっけ」

 目の前には、朽ちかけた木の鳥居が立っていた。

 朱色でもなければ白木でもない。木の皮がついたままの、ずいぶん原始的な鳥居は、長い間誰かを待っていたかのような、くぐもった気配が漂っている。
 鳥居の向こうには、森の闇が口を開けていた。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|異世界への入り口 月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)の鳥居

 足元を照らす月明かりに導かれるように進むと、石段が現れた。苔むしたその段差は、古びているはずなのに登るのは苦ではなかった。むしろ、脚が自然と持ち上がる。蹴上げと踏み面のバランスが絶妙で、足が勝手に歩いているみたいだ。

 左右は深い木々に覆われている。けれど、怖さはない。
 森全体が呼吸しているようで、やがてじんわりとした温もりを肌で感じ始めた。

 階段を登りきったその先で、空がぱっと開けた。視界に飛び込んできたのは、ひときわ厳かな空気が漂う建物。拝殿と思われるその建物の真上には、あまりにも大きすぎる満月が光を降り注ぎ、幽玄な情景が広がっていた。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|幽玄な雰囲気の月と神社の境内 月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)

 近寄ってみると、この拝殿はよく見るような神社のそれとは明らかに異なっていた。
 木造の簡素な造り。正面の梁には注連縄(しめなわ)はあるけれど、お賽銭箱は見当たらない。風に揺れるしめの子と紙垂(しで)の微かな音が、静寂の中で心を打つ。建物の奥を覗き込んだとき、僕の息は思わず止まった。

 何もない。
 何かあるはずの空間に。
 何もなかった。

 建物の奥は開かれていて、どこまでも深い森が続いている。その異様な引力に抗えず、僕は無礼を承知で靴を脱ぎ、拝殿の中へと足を踏み入れた。
 床板は冷たく、そしてどこか懐かしい。何もないはずの空間に、不思議と満ちているという感覚もある。鏡も扁額(へんがく)も楽器の類も、この空間には何もない。けれど、そこには確かに気配があった。

 何気なく室内から月明かりをみると、突如として眠気に襲われ、朧げな記憶はここで途絶えた——。




「どちら様ですか?」

 優しい声色に、僕は穏やかな気持ちになった。
 ゆっくりと瞼(まぶた)を持ち上げると、眩しさはなく、ただ淡い朝の光が天井に滲んでいた。
 体を起こす。ぎしりと骨が鳴る。どうやら板の間にそのまま寝ていたらしい。
 視線を上げると、朱色の袴に白衣姿の——巫女さんらしき女性がこちらを見下ろしていた。

「あっすみません、神聖な場で……」
 思わず謝る僕に、彼女はにこやかに微笑んだ。その笑顔には、とがめる気配は微塵もなく、どこか陽だまりのような温もりがあった。
「大丈夫ですよ。それより、お身体のほうは大丈夫ですか?」
 丁寧で、やさしい。同い年くらいに見えるけど、なんてできた人なんだろう。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|巫女の月賀瑞みやこ 月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)にて

「ご配慮ありがとうございます。体は——たぶん平気です。すぐに帰りますので」
 そう言って立ち上がろうとした瞬間、ふらりと身体が揺れた。 次の瞬間には彼女が傍らに来て、僕の腕をそっと支えてくれていた。
「ご無理はなさらないで。よろしければ、入り口までご一緒しますね」
 どうやら昨夜の余韻が多少残っているらしい。

「——お、お願いします」
「いえいえ。当たり前のことをしているだけですよ。では、参りましょうか」
 そういうと彼女は、僕に配慮しつつ半歩先を歩き出した。その背に続きながら、僕らは朝の参道をゆっくりと進む。空はまだ薄暗く、神気を孕んだ空気はひんやりとしていて、思わず深呼吸したくなるほど澄んでいた。 昨日は気づかなかったが、どうやらここは、思った以上に深い森の中にあるようだ。

「どちらからいらしたんですか?」
「じいちゃんの家がこの近くで、なんとなく、ふらっと来たんです」
 僕がそう答えると、彼女は目を丸くして、ほんの少し驚いた顔を見せた。
「ご親戚がお近くに? それは、すごい偶然ですね」
 彼女の驚きに、僕の方が驚いた。
 そんなに珍しいことなんだろうか?

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|青春ものづくり小説 浮世離れ: 僕が職人になった理由 Kindle版|月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)の参道を歩く月賀瑞みやこと水上新太

 鳥のさえずりが、空の奥からそっと降りそそいでくる。
「月賀瑞神社(つきがみじんじゃ)は代々この地で大切に守られてきた場所なんです。ですから、お祖父さまにも、いつかご挨拶できたらうれしいです」
「そうなんですね。じいちゃんも、きっと喜びます」
 聞き慣れない神社に違和感を覚えたその時、彼女が真っすぐに前を向いて言った。

「もうすぐ、鳥居ですよ」

 木々の間からこぼれるやわらかな光が、足元に淡い斑模様を描いている。
 高い枝から落ちた雫が、葉を伝ってぽつりと音を立て、空気はどこか甘く、清らかな香りに満ちていた。
 そうこうしているうちに鳥居をくぐると、僕は思わず息をのんだ——。

 古都でも新都でもないが、京都でもない。
 目の前に広がる、真新しい古い町並に。
 参道のその先には海が広がり、その遥か向こうから昇る朝日が、街並みを黄金に染めていた。
 すると、僕の心を見透かしたように、彼女はゆっくりと口を開いた。

「きれいですよね。わたしも好きなんです」

 透き通った瞳で辺りを見渡す彼女は純粋そのもので、その言葉を真横で受ける僕は、どこか見覚えのある初めて見る光景を目の当たりにして、動揺を隠せないでいた。




 ものづくりをしていると、自分の想像を遥かに上回るものが、時折生まれることがある。
 たぶんこの感覚は、ものづくりに携わっている方なら共感いただけるはずで、なぜかはわからないけれど、図面や思考を凌駕してしまうものが現れる。
 そして、それはいつも、まったく意図をしていない、何気ない日常のふとした瞬間に訪れる。

 そう。
 おそらくここは、僕が夢にまで見た理想郷だ——。

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制作・著者 戸田光祐
 
@KOHSUKE TODA 2025