― 三禅 ―

戸田光祐 TODA KOHSUKE|作品と製品|三禅 JAPONICA
戸田光祐 TODA KOHSUKE|作品と製品|三禅 JAPONICA

三禅 JAPONICA|2018
本作は杉の彫刻による不立文字(ふりゅうもんじ)。
形態は明らかに「書」を意識しているが「文字」として理解できる意味は有していない。通常「書」は、書いた文字や言葉の意味が重要な役割を果たすが、本作は文字としては意味を成さない形を成している。

戸田光祐 TODA KOHSUKE|作品と製品|三禅 JAPONICA 戸田光祐 TODA KOHSUKE|作品と製品|三禅 JAPONICA

極端を言えば、言葉は個々が独自に規定した柔軟な囲いであり、絶対的な意味を持つ言葉は存在せず、各々言葉の理解は異なる。
例えば「デザイン」が好きな人にとって、この言葉が内包する意味は果しなく広く深い。一般には「見た目」程度の意味しかないにも関わらず、問題解決や色や形なき思想すら範疇に入ってしまう。これは、その分野(言葉)がとてもいとおしく、思い入れが強く反映されることで起こる意味の拡張現象である。この事実から察するに、私たちは完全に同じ共有の言語を扱ってはいない。たとえ母国語が同じだとしても。

日常生活においても似たような現象は垣間見える。 「やばい」という言葉を通して伝えることの出来る膨大な意味を、私たち日本人は知っている。発せられたその言葉の意味は、場の空気感や状況、あるいは発した人と自らの関係性といった様々な要因によって導かれる。傍から見れば凄まじい日本の感性文化である。

これら考察をする中で、禅宗の教義を表現した言葉である「不立文字」が、日々の生活に浮かび上がった。
不立文字とは、教典からではなく自らが実際に体験することによってのみ悟りに至ることが出来る、という禅の真髄を表した言葉であるが、日常において発せられた言葉に、本来の意味以上に言葉の意味を見出す感受体験は、ある種の悟りへの道と言って過言ではない。言葉は代用可能な入れ物であり、言葉の意味よりも寧ろ、包まれた相手の想いや真意を自身の心で感じている。大袈裟かもしれないが、師の心から弟子の心へと悟りを伝える「禅」に通じると感じ、このような体験から、文字として全く意味を持たない書を手掛けたいと考えた。

ここまでの条件であれば単純に「書」を手掛けるべきであるが、本作では日本という土地で作品を手掛けるにあたり、ひとつの理想的な素材として「杉」を選択した。 古来、木と共に生きてきた日本人にとって「木」という素材は最も身近な素材のひとつであり、中でも杉材は成長が早く真っ直ぐ伸びる上、政策によって植えすぎてしまった背景から、活用することそのものが社会的意義にもなる稀な素材でもある。 また、黒を実現するにあたっては鉄とタンニンを反応させる「お歯黒」同様の古くから伝わる伝統の黒を施した。

三次元上で存在するものは、主に「素材」「色彩」「形態」によって構成されている。三大要素と据えているが、作品を手掛けるにあたっては表層の結果のみならず、個々の要素そのものも美しくありたいと願う。
日本名を「三禅」としたのは、第四禅には達していないだろうという心情から。英語名を「JAPONICA」としたのは、海外において日本趣味を意味することや、杉の学名である「Cryptomeria japonica」に由来する。

無論どのような物事においても本質を遍く理解するには、直にそのものと対峙し直覚する他はないと思う。


製作
戸田光祐

第16回 ZEN展 東京都美術館公募出品作品