めぐるの匙
2022|漆の匙 漆、木
工芸都市高岡2023クラフトコンペティション 漆 優秀賞
ふくしまベストデザインコンペティション
プロダクト部門 ゴールド
これほど贅沢なものづくりがあるのだろうかと、決して煌びやかではない漆器に思いを寄せていました。そんな片思いが実った、私の人生を代表する作品のひとつです。
1854年に開国して以来、様々な分野において西洋文化を取り入れ近代化が進み、人々の生活や慣習が多分に変化しました。多くの恩恵を頂く一方で、そのまま取り入れてしまったことにより、取りこぼしてしまった文化や美意識があるように感じています。
このようなことを考えていた2015年に自主企画として「にほんでざいん展」という、小さな展示会を行いました。今一度日本について考えてみたいと思い、知人数名にお声掛けさせて頂き開催しました。その際に手掛けた作品が、この漆のさじに繋がっています。
当時発表した「日本のスプーン」は、お箸のような柄を有したスプーンです。日本にはお箸という優れた道具があり、これ一善ですべての日本食を食べることができる道具ですが、文明開化以降、西洋文化を取り入れる過程で食卓には多国籍料理が並ぶようになり、オムライスやカレーやチャーハンなど、器ではなくお皿に盛りつける料理も食するようになると、お箸だけではまかなうことができなくなり、洋食器であるスプーンが必要になりました。
しかしながら、せっかく数千年も続いたお箸という食文化がありますので、洋食器そのままを取り入れることに、どこか抵抗がありました。このような背景から、お箸と並べても美しくなるような木のスプーンという発想に至っています。
とはいえ当時発表した作品は、まだ足し算のようなもので、1になっていない感覚がありました。あくまでお箸とスプーンを足し算した作品であり、ひとつの確立した存在になっていない状態です。
それから数年が経った頃、茶杓を取り入れようと思い立ちました。そこには明確な理由はありませんが、スプーンと同様の「すくう」という機能を有した美しい道具であり、お箸とスプーンを繋ぎ、ひとつにできるのではないかという感覚がありました。試作を携えて漆器「めぐる」を手掛ける貝沼さんにご連絡したのは2020年12月のことです。
ご連絡を差し上げたところ幸いなことに、「めぐる」としても漆器に合うスプーンがあったらいいなと考えていたとのことで、方向性も含めて思想が合致し、その場で製品開発がはじまりました。
このとき、柄の末端を四角としてツボ部分へ向かうにつれて徐々に半円の断面となる形状が浮かび、これがひとつになる重要な要素でした。茶杓の美を造形に取り入れ、最終的にも残る節もあります。試作をもとに貝沼さんとやり取りさせて頂き、漆塗りの最初の実機ができました。その試作品の検証を、めぐるの漆器に携わってきたダイアログ・イン・ザ・ダークの皆さんにお願いした次第です。
すると大きな発見がありました。それは、こぼしてしまう事例があったことです。茶杓を意識するがあまりにスプーンとしては異例の角度となっていしまっていたのが原因です。目を使わない場合、いつものスプーンと同じように扱うため角度はスプーンに倣った方が良いという結論になりました。そもそも道具というのは意識的に扱うものではありませんので、無意識に使える道具になる兆しが生まれたことは幸運だったと思います。まさにコンセプトモデルから、生活道具になった瞬間です。それからも何度もやり取りをさせて頂きながら形状をブラッシュアップしていきました。
その一方で、木地をつくっていただける方も探していたのですが、これが本当に大変でした。一本二本であれば作れる方はいらっしゃいますが、それが数百、数千となるとなかなか見つかりません。出来そうな作り手の方が見つかる度に、お願いしては他を探す、という果てしない道のりでした。
光明が差したのは2021年11月、他のプロジェクトでお会いさせて頂いた、有限会社家具のあづま代表の東福太郎さんを思い出しご連絡させて頂いたところ、製作可能とのご快諾を頂きプロジェクトが軌道に乗りました。
今回手掛けたさじは形状が複雑な曲面を描いていたため、データを正確に削りだせるNC加工が必須でした。その上、削っただけでは粗すぎて漆を綺麗に塗れる表面とはなりません。面を整えるには手作業も必須です。あづまさんでは、機械加工と手作業、その双方の技術を高いレベルで有していました。もうここしかないという感覚です。そこからは3Dモデリングを修正しては実際に削って仕上げて頂く途方もない作業を繰り返し、ダイアログの皆さまにもご使用頂き、細部に至るまで使いやすさ、作りやすさ、見た目の美しさを極めていきました。
漆塗りについては、さすがチーム「めぐる」です。とても美しい塗りを施して頂きました。塗師の冨樫孝男さん、吉田徹さん、小松愛実さん、本当にありがとうございます。構想から形になるまで、書ききれないほど長い道のりを経て、ようやく完成したのが、この漆のさじです。
ものごとが調和するように進んでいると奇跡というものは付随するもので、まったく狙っていなかったのですが重量バランスがとても良く、無意識に小さな器に置いていたところ倒れることなく扱えることが分かりました。丹精を込めて丁寧に作りこんできた甲斐がありました。ものづくりの神様からのご褒美ですね。もちろん、ここまで丁寧なものづくりができたのは、漆器めぐるの生みの親である、代表の貝沼さんあってこそです。いいものを生み出すという強い志があるからこそ、その志に共鳴した各分野のプロフェッショナルが集い、一丸となって「めぐる」は育まれています。
外観を整えることはできても、製品が生まれる、その工程すべてを美しくすることは容易ではありません。携わる一人ひとりが、よいものを生み出すという気持ちを持っている、このような幸せなものづくりを体現することができ、心より感謝いたします。
企画・販売 | 漆とロック株式会社 貝沼航 |
デザイン | 戸田光祐 |
共同開発 | ダイアログ・イン・ザ・ダーク |
木地 | 家具のあづま 東福太郎 |
塗り | 吉田漆工房 吉田徹 | 塗師一富 冨樫孝男 | こまつ漆工房 小松愛実 |